カエルくん消えた

登場するアート作品

イカくんの働く浮遊ファクトリーには、壊れた人工クラゲが送り返されてきます。工房ではバラバラになってしまった人工クラゲの部品たちをガラス板に貼り付けてクラゲの墓を作っていました。 モノの誕生そして死。モノの誕生と死について極限を考えてゆくと、宇宙の誕生と死に行きつきます。コロナウイルス流行の年、クラゲの仕事が減ってきたイカくんとカエルくんには時間がたくさんありました。 二人は、宇宙の始まりと終わりをテーマに身近な材料で宇宙を感じるための作品を制作しギャラリーで展示することにしました。

●宇宙の直径を聴く装置 あるいは 私たちの最初の鼓動のための聴診器

イカくんは1964年の生まれです。この年にベル研究所のPenzias と Wilson が、宇宙の全方位から降り注ぐ電波を発見しています。後にこの謎の電波の正体がビッグバンの残り火(宇宙背景放射)であることがわかり、Penzias と Wilson は1978年にノーベル物理学賞を受賞して話題となりました。Penziasは当時、人々が手にすることのできるFM受信機のシャーという雑音の中にほんの僅かに宇宙背景放射が含まれていると語っています。宇宙背景放射はこの宇宙すべての星やモノや生命体といった存在が生まれた起源の電波です。この強烈な心臓の鼓動は、いまこの瞬間も160.2GHz のマイクロ波となって全天の全方向から降り注いでいるのです。 ある方向の宇宙背景放射は、その方向の宇宙の果てからやってくると考えられます。では先ほどと全く逆方向からの宇宙背景放射はちょうど反対側の宇宙の果てからやってくることになるのでしょうか。 高校生の頃、山岳部だったイカくんは、テントの中でラジオのアンテナを振り回しながら、東と西に振り向けたラジオのアンテナで拾ったノイズ音を聴いたなら、それは宇宙の果てから果てまでの直径を聴いていることになるのだろうかと考えていました。 そして自分の息子が高校生になった頃、イカくんは、もう50歳を超えていましたが、そのことを思い出して、水道配管とアルミホイル、ラジオといった身近な材料で、宇宙の始まりをテーマに、宇宙の直径を感じる装置を作ってみたのです。 この宇宙の直径(大きさ)を感じる装置は、ビッグバンで生まれたすべての空間、モノの最初の心臓音(宇宙背景放射のノイズ)の聴診器でもあります。この宇宙で生まれたすべてのモノ、空間も、もともとは同じ場所から生まれ、つながっていることを直観するための装置なのです。 カエルくん消えたのストーリーでは、死んだイカくんは夢の中で、この装置を担いで時空を移動します。 〈宇宙の直径を聴く装置〉は、消えたカエルくんを探すために、すべての時空を繋いで移動する捜索装置となったのです。

宇宙の直径を聴く装置

●宇宙の終わりを視る装置 あるいは 仄かに青白く走る光の円錐を20×10の9乗年以上待つための瞑想器

宇宙はどのように終わるのでしょうか。その鍵は原子核内部の陽子の寿命にあると考えられています。まだ誰も見たとこのない陽子崩壊の際に放たれるという円錐状の光。そのチェレンコフ光の観測装置<スーパーカミオカンデ>の超絶的な美しさにイカくんは魅了されていました。直径・高さ共に約40メートルの巨大な円筒壁面に超高感度の金色の眼(フォトマル)をびっしりと備え付けたスーパーカミオカンデは、私たちの生きているこの時代に建設されたピラミッドだといえるのではないでしょうか。スーパーカミオカンデは、その円筒の内側にたたえられた水を極限まで清める修行を続けつつ地下1000メートルの暗闇で陽子崩壊の光を20年以上待ち続けています。暗闇で一瞬の光を待ち続ける姿は瞑想を思わせます。イカくんは自分のためにスーパーカミオカンデの1000分の1サイズの水をたたえた器を作りました。そしてその小さな器を1000ミリの高さの台の下に置き、<宇宙の終わりを視る装置 あるいは 仄かに青白く走る光の円錐を20×10の9乗年以上待つための瞑想器>と名付けました。 イカくんの小さな器の中の水の量で起こる陽子崩壊は、限りなくゼロに近い確率でしかありません。 しかしそれは一瞬後に起こらないとも限らないのです。そしてもしこの暝想器の近距離で起こったなら、その陽子崩壊の強烈な光は肉眼でも観察できるのではないかとイカくんは妄想しています。 20年以上を経てスーパーカミオカンデは陽子崩壊の光を捉えることはできていません。しかし超新星爆発によるニュートリノを発見するなど、多くの科学的偉業を成し遂げてきました。研究者たちの苦闘のストーリーはイカくんの心の支えでもあります。イカくんはこの瞑想器によって、新たな作品のアイデアを掴むことはできるのでしょうか。

宇宙の終わりを視る装置

●これはビッグバン宇宙論時代の宇宙の絵だ

大昔の人は、亀の上に乗った象が世界を支える宇宙の絵を描きました。 さまざまな時代にその時代の宇宙観に沿った宇宙の絵が描かれてきました。 では現代にはどんな宇宙の絵が描かれるでしょうか。 20世紀中頃までは宇宙は永遠の昔からあると考えられていました。 宇宙は始まりもなく果てもない。無限の大きさを持っていると。 アインシュタインもそう信じていたと言われています。 二十世紀の半ばを超えてビッグバン理論が有力になりました。そして人類は、宇宙の始まりの鼓動に気づき、宇宙の有限の大きさを感じることができるようになりました。 イカくんたちの家族は、「宇宙の直径を聴く装置 あるいは 私たちの最初の鼓動のための聴診器」を背負った人の姿を山、海、野原、都会とさまざまな場所で撮影してきました。 これはビッグバン宇宙論の時代の宇宙の絵です。 たとえどれだけ異なる場所で撮影したとしても、そこに映っているものはすべて138億年前の同じ心臓の鼓動をたてて生まれてきたものたちなのです。 そしてこの宇宙の直径を聴く装置を担いで立つ人は、今、宇宙の直径の中心に立っているのだと感じることができます。 おそらくこの宇宙ではすべての場所が宇宙の中心なのです。

これはビッグバン宇宙論時代の宇宙の絵だ

●宇宙に狼煙をあげるための人力車

コロナウイルスで屋内展示が壊滅してしまうなか、さまよう魂となったイカくんは、美術館から屋外展示のオファーが来る夢を見ます。 かねてから、宇宙への記憶をテーマに作品を考えていたイカくんは、自転車のライトで、宇宙に向けて、自分たちの姿を送る装置を作ろうとします。 装置の先につけて宇宙に送る写真にイカくんは家族3人の写真を選びました。 映画のラストでイカくんは、「宇宙に狼煙をあげるための人力車」を野原に運び、宇宙の果てに向けて光らせます。

宇宙に狼煙をあげるための人力車

●人工クラゲ

イカくんとカエルくんは樹脂で作った水中オブジェを水槽に入れ、インテリア水槽としてレンタルをする仕事をしてきました。 水槽の中で動き回る水中オブジェを見て、これは生き物のクラゲですか?それともクラゲのニセモノですかと人々は問いかけます。 イカくんは、クラゲに似たものを作ろうとしてきたわけではありませんでした。 浮遊ファクトリーを始める前は、メーカーの技術者で、人工筋肉を作る研究をしていました。 柔らかい材料で人工筋肉のサンプルをたくさん作り、日々眺めるうちに、たまたま薄くできてしまった材料の一部分が水中で魅力的な動くことに気がつき引き込まれていきます。 強く、素早く動く人工筋肉には育たなかった材料は、水の中で生き物のような姿を見せはじめていきます。 イカくんにとって大事なことは、この柔らかい素材たちは、共に長く対話を続けて一緒に生きてきた仲間だということでした。 宇宙のなかで生まれたモノが覚醒し周りのモノや人と声を交わしながら形を変えていく。イカくんは野原に出て宇宙を見上げ、浮遊ファクトリーに戻ってモノと対話を交わしさまざまな試作品を作り続けていました。

人工クラゲ

●クラゲの墓

人工クラゲたちは店や病院の水槽の中で、来る日も来る日も人々を癒し、やがて壊れていきます。コロナ禍でレンタル契約の終わったたくさんのクラゲたちが工房に戻ってきました。 人工クラゲたちは乾かすと透明な化石になります。工房では帰ってきたクラゲたちをガラスに貼り、墓標をつくっていました。 人工クラゲというモノをつくり、そしてその墓を作る工房(浮遊ファクトリー)は千数百年前の王墓のたくさんある場所にあります。歩いて5分もすれば千数百年前の都市の跡の野原にでます。こうした場所を散歩しながら、イカくんはモノの死、宇宙の死について妄想を巡らせます。

クラゲの墓

★イカくんと浮遊ファクトリー

35歳ではじめての子供が生まれたのを機に会社員をやめてギャラリーと工房を立ち上げた。それまで勤めていた電機メーカーの研究所では人工筋肉の研究開発をしていた。人工筋肉に育てることのできなかった素材の美しさに心惹かれて、水中オブジェの制作を始める。 自分の研究してきた素材や作品制作のための試作材料(紙)や部品(配管)など、自分と共に生きてきた縁のある素材と共に作品を制作している。 子供の頃から宇宙が好きで、宇宙飛行士か宇宙の科学者になりたいと思っていた。その夢は果たせなかったが、同時代のピラミッドのような宇宙の観測器から受けたインスピレーションを身近な材料で表現することに喜びを感じている。

イカくんと浮遊ファクトリー

<カエル劇場>

カエルくん監督・制作・主演のカエル劇場。
工房の洗面所の横の小劇場だよ。
観客はイカくんだけ。

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