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          ・画像「育黄」  ・2通りの解釈「育黄」  ・詩「育黄」  ・「育黄」展 開催によせて 

浮遊体アートオリジナル 「育黄」

詩「育黄」


育 黄
奥田エイメイ

私の創造の本分は言葉にある
かなたの原風景は
瞼の奥にあらわれる
かたちではない
言葉である

いつだったか樹脂の粉を混ぜ合わせていた頃
瞼の奥に浮かんできたのは
クラゲのごとき形ではない
浮遊という言葉である

私は言葉によって
何度も人生を捏造しなおし
生まれ変わってきた
言葉によってものの形はかわる
人もかわる
私という空っぽの皮袋に書き込まれた
奥田英明という言葉を
奥田エイメイと書きかえたなら
人生にはどのような変化がおこるのだろう
私の興味の本質はそこにある

2001年 夏
私は奥田英明という言葉を
奥田エイメイと書きかえた
怪しげな名刺を身にまとい
ふゆうたいあぁと と称する
このぐにゃぐにゃぐひらひらつるつるの
物体を入れた小瓶抱え
木屋町のお絞り屋を
道頓堀の花屋を
天神橋筋のスナックを
あてもなくさまよい飛び込んでは
押し売りをはたらこうと目論んでいた

ふゆうたい?
あぁと?
これが あぁと?
なんですの これは?
くえますの これは?

私にあったのは
アコムのローンと
空っぽの預金通帳と
月末の請求書と
生まれたばかりの
ぐにゃぐにゃの息子と
友人の同情と
御近所の憐れみと
時折おそいかかる
踏み切りの衝動と
そしてたとえ一文無しになったとしても
みずからの言葉さえ折れなければ
まだまだ戦えるという
なかばやけっぱちの戯言であった

あるとき私は
たまたま飛び込んだ
新世界の熱帯魚屋で
怪しげな目つきののおやじに
これ ニセモノのクラゲなんですわと
ぽそり つぶやいてみた

くらげ?
ぱっちもんのくらげ?
つくりものなん これ?
兄ちゃんよ
あは くらげかいな
ようできてんで これ

このぐにゃぐにゃひらひらの物体に
たまたまかぶせたクラゲという言葉が
私の運の向きをかえていった

2001年 夏
奥田エイメイ
ニセクラゲ屋デビューの年であった

人々はクラゲという言葉を買っていった
いやしという言葉や
やすらぎという言葉も
よく売れた

私の作っていた物体は
浮遊体あぁとだったときも
にせくらげたったときも
断じてかわりはなかった

いつもと同じ
ぐにゃぐにゃひらひらと
水槽の底で
ゆらめいていた

だからこそ私は
今一度このぐにゃぐにゃひらひらに
また別の言葉を着せてみたいと思う
あぁとでもなく
くらげでもなく
いやしでもなく

たとえば
このぐにゃぐにゃひらひらの物体に
戦 という言葉を刻みつけたなら
優雅なるひらひらの裏側に
鋭い刺が芽生えてくるだろうか
たよりなきぐにゃぐにゃの背中に
たくましい一本の筋が通り
高速で走り出すだろうか

そういえば私は
ずっと昔から
戦 という言葉にとりつかれていた

学生時代の私は
生白い顔と
細い腕をして
戦 という言葉をもてあそんでいた。

誰もいない部屋で机に向かい
原稿用紙の上で 戦 という言葉をまさぐっていた

戦 という言葉は
どのような力を秘めているのだろう
どこに向けて人を連れて行くのだろう

果てしなき砂漠の国で 戦 は
異教徒に向けて転がるのか
身の凍る北の国で 戦 は
自らを刺す刃となるのか
はたまたよく晴れた日にこの言葉を
私の未来に向けて
大空にふわりと放ってみれば
いっときやわらかな表情を見せるのか
ぼんやりと思いをはせていた

私は言葉に言葉を重ね
その重みで言葉を変形させようとたくらんでみた
青白い顔と細い腕の私にとって
闘いの場所は、紙の上だった
戦 という言葉を原稿用紙の荒野に向けて
ふわりはなってみたり
言葉の重しを載せて
積み重ねてみたり
その重みに言葉が耐え切れず
つぶされたり
音たてて、はぜるのを見つめていた

それから原稿用紙の上の戦いに飽きて
戦 という言葉を自分の舌にのせてみた
戦い 戦い 戦い 戦い
自分の重い舌では飽き足らず
軽やかな女優の舌に滑らせてみたり
生意気な小役者の声にのせて
私に向けて吐きかけさせてみたりした

あるとき私は戦いという言葉を額に刻み付け
雪の山に一人で登っていった

私は何故に山に向かうのか
山がそこにあるから?

足によって
否 断じて 否
私は 戦 という
額に刻みつけた
言葉に突き動かされて
山に登るのである

流れ落ちる汗が
額に刻んだ文字を洗い流そうとする
文字が消えてしまう前に
もう一度忘れぬように指で刻みつけ
頂を目指して歩き続けた

降りしきる雪が額を覆い隠していく
私は額に刻んだ文字に手を当てて暖め
何もない山の頂を目指して歩き続けた

幾日も雪は降り続いた
額を暖めても
雪は額に降り積もり
刻んだ言葉を剥ぎ取っていった
戦いという言葉を白く忘れかけたとき
私はただの空っぽの袋になっていた

なんのためにここにいるのか
私はいったい誰なのか
どこに向かうべき存在なのか
すべてを白く忘れてしまっていた

どれだけ長い夜が流れたのかわからない
真っ白になった私の瞼の奥に
針孔のような黄色い点がともっていた
点はやがて黄色い丸になり
消えたり、またかすかに現れたり

あれは何?
幻覚?
雪にかけた小便の染み?
それとも希望の夜明け?太陽の黄?
やがて黄は
天道虫のように私の回りを飛び跳ねた

白い地獄に消えては現れる
黄色い星
私は輝く黄色い光を見つめ
氷ついたあの言葉を思い出そうとした
額に刻みこんだはずのあの言葉は
いつしか溶けて蒸発し
私の額には
黄色い染みが残っていた

目の前に見えた黄という言葉
目指すべきは黄

だから 今 私は
水槽の中で 黄 を育てている
あの日、雪の山で見た あの輝きには
まだ遠く及ばない
赤茶けた黄
苔むした黄
黄になりきれぬ
くちばしの黄色い黄
まだ若い黄の芽をのばして
希望の言葉を育てようと思う

今 わたしは 黄 という言葉を
ぐにゃぐにゃひらひらの
薄膜にはりつけている
額に刻み込んだはずのあの言葉が
白々と消え去ってしまったあと
あのとき見つめた黄という文字は
水の中でたゆたうオブジェを
どこまで遠くに連れていってくれるのだろう

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